
歴史と漁業のまち大分市佐賀関の中心部にあり、古くから海上安全の神・厄除開運の神として、関の権現様として多くの信仰をあつめています。
由来
佐賀関沖の豊後水道には、蛸(タコ)にまつわる伝説が残っています。紀元前667年、神武天皇が東征の際に、速吸の瀬戸(豊後水道)の海底に大蛸が住みつき、潮の流れを鎮めるために守っていた神剣を、関に住む海女姉妹が海底深く潜って大蛸よりもらい受け、神武天皇に献上したと言われています。1600年の「関が原の合戦」の折には、この地で東軍の竹田藩と西軍の臼杵藩の激しい戦いがあり、ここら一帯は焼き払われ、早吸日女神社は全焼しました。その2年後の1602年には、佐賀関が肥後藩の飛び地であったことから加藤清正公が、同じ地に神社を再建しました。
散策

石鳥居は、寛永17(1640)年6月に肥後藩初代藩主細川忠利(ただとし)の寄進によるものです。

近くにあった由緒書き。「はやすいひめ神社」と読むそうです。

大分県指定有形文化財の総門。元禄10(1697)年に肥後藩三代藩主細川綱利により建造されました。

参道をまっすぐ進んでいきます。

お!屋根がない手水舎。珍しい。奥にも手水舎があります。

この石鳥居も趣がありますね。

鳥居に掲げられた「早吸日女神社」の扁額

参道は右側にカーブしています。

参道に沿って大きな藤棚があり、毎年5月3日には「ふじ祭」が行われています。

境内のいたる所に蛸がいますね。かわゆい^^

拝殿前の狛犬様。前掛けがいい感じ^^

大分市有形文化財の拝殿。入母屋造本瓦葺、正面に唐破風造の向拝をもちます。

蛸の絵を奉納して一定期間蛸を食べずに願い事をすると成就すると言われる「蛸断ち祈願」を行っている全国でも珍しい神社です。

大分県指定有形文化財の本殿。棟札によると宝暦13(1763)年に肥後藩六代藩主細川重賢により再建されました。

境内社が点在します。左側から歳神社(とし神社)、天然社(てんねん社)、若御子社

こちらは左側から生土社(うぶすな社)、相殿社(あいどの社)、木本社

これが大蛸ですね。潮の流れを鎮めるために守っていた神剣を持っています。
御朱印

御祭神
八十枉津日神(やそまがつひのかみ)
大直日神(おおなほびのかみ)
住吉三神(底筒男神(そこつつおのかみ)、中筒男神(なかつつのおのかみ)、表筒男神(うはつつのおのかみ))
大地海原諸神(おほとこうなはらもろもろのかみ)
所在地
大分市佐賀関3336-2
