日. 2月 15th, 2026

出雲大社


島根県出雲市に鎮座し、縁結びの神様である大国主大神を祀る日本随一の古社。日本書紀にも記述が残り、神々によって建てられた巨大神殿が伝わります。年間250万人が訪れる聖地です。

由来

日本最古の歴史書『古事記』・『日本書紀』によれば、大国主大神の国譲りに際して造られた壮大な宮殿が出雲大社の始まりと伝わります。大国主大神は、「八千矛神」「大穴持神」などの多くの別名があり、古来、朝廷や武家をはじめ多くの崇敬を集めてきました。『出雲国風土記』には、大国主大神のために大勢の神々が集まって宮を寸付いたと記されており、「杵築大社」と呼ばれました。
出雲大社は、少なくとも8世紀には大きな社が建てられていたといわれます。平安時代中頃に貴族の子供たちが教科書として用いた『口遊』には、「雲太、和二、京三」という当時の大型建造物を示す記述があり、出雲大社が最も大きく、次いで奈良の大仏殿、3番目に京都の大極殿の順であることを意味します。社伝によれば、出雲大社本殿の高さは、最古は32丈(約96m)あり、その後16丈(約48m)になったといい、現在は約24mをはかります。『口遊』に登場する平安時代の出雲大社は、16丈の壮大な建物であったといわれています。
現在の境内は、江戸時代前期、寛文7年(1667)の造営遷宮で計画されたもので、今もその時の建物が多く残っています。現在の本殿など瑞垣内のお社は、その次の延享元年(1744)の造営遷宮で建て替えられたものです。遷宮は文化6年(1809)、明治14年(1881)、昭和28年(1953)に行われ、直近では平成20年から平成31年にかけて「平成の大遷宮」の主事業として行われ、平成25年5月10日には本殿遷座祭が執り行われました。

★ 公式ホームページ

散策


正門である二の鳥居から入ります。以前は木製の鳥居でしたが、老朽化と安全性を考慮し、2018年10月に鉄製となりました。


案内図に沿って進みます。久しぶりで楽しみ(^^♪


二の鳥居から先は下りの参道になります。早朝の参拝は気持ちいい~^^


境内各所にはウサギの石像が60体以上設置されています。どれもかわゆい^^


三の鳥居に着きました。樹齢400年を越える松と松との間は通行禁止ですので、三の鳥居では鳥居の前で一礼して両端の松の道を歩きます。

御慈愛の御神像。皮をむかれて傷ついたうさぎに大国主大神が手を差し伸べ助けたと伝わる「因幡の白兎」のシーンを表しています。


ある日突然、幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)という魂が現れ、このおかげで知識・経験等を身につけました。「ムスビの大神」として称されるまでに至ったシーンを表現しています。


四の鳥居は、銅の鳥居とも呼ばれています。1666年(寛文6年)に長州藩2代藩主の毛利綱広公から寄進されたものです。

拝殿は、戦後最大の木造神社建築ともいわれ、1963年(昭和38年)に建立されています。出雲大社では一般的な神社と異なり、「二礼四拍手一礼」でお参りします。


八足門(やつあしもん)に到着。ここから御本殿に向かって参拝した後は、右回りに参拝するそうです。今回は知らずに左回りしました^^;


たくさん絵馬が飾られています。おみくじの数もすごい^^;


これは西・十九社。旧暦の10月、神在祭(かみありさい)の期間中、八百万の神々がくつろがれる宿所として、この期間は十九社の扉が開けられています。


大社造りの本殿は、延享元年(1744)の建立で高さは24m。神社建築としては国内最大級で昭和27年(1952)には国宝に指定されています。かっこいい!


御本殿の裏側。最も近くで拝見することができるので、御参拝される方も多いです。


本殿裏側には素鵞社(そがのやしろ)が鎮座します。スサノオノミコトが祀られ、出雲大社の境内のなかでもパワーが強いと言われます。


軒下には、清めの砂(お守りの砂)があり、稲佐の浜の砂と交換できることで有名です。


本殿の左側には同じような形をした天前社、御向社が鎮座します。いずれも延享元年(1744)の造営で建てられたものです。


末社の釜社(かまのやしろ)。食物をつかさどる神様で全国にある稲荷社の御祭神である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)が祀られています。

御朱印

 

 

 

 

 

 

 

 

御祭神

大国主大神

所在地

島根県出雲市大社町杵築東195