
甲宗八幡宮は門司六ヶ郷の総鎮守であり、門司八幡宮とも呼ばれ、門司一帯を領していた門司氏の氏神あるいは門司地区の産神として崇敬されています。
由来
860年(貞観2年)、宇佐神宮の分霊を勧請し、神功皇后着用の甲(かぶと)を神体として創建したのが始まりといいます。1185年、壇ノ浦の戦いで勝利した源範頼と源義経が参拝し、重藤弓・鏑矢を献上したそうです。1336年(建武3年)、足利尊氏が戦勝祈願。 戦国時代に毛利元就、江戸時代に小倉藩・小笠原氏などが社殿を造営。一時は県下有数規模の神社に発展しますが、1945年に空襲により全焼。現在の社殿は戦後に再建されたものです。
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散策

一の鳥居から石段を登っていきます。

近くにあった社号標。立派です^^

「義経・平家伝説ゆかりの地」と書いてあります。知らなかったー。

お、途中に狛犬様がおられます。

1924年に奉納されました。口の所が黒ずんでいます^^;

登り切ったところにも鳥居がありました。出光興産の創業者による奉納なんだそうです。

まずは手水舎で心身を清めましょう。

昭和20年の空襲で拝殿が焼失したため、現在の社殿は昭和33年に現在の門司区長谷にあった武徳殿(武道場)を移築したものです。

拝殿の中の様子。きちんと整備されています。

「國輝」の神額。幕末・明治における書家の第一人者として活躍した宮小路康文(号・浩潮 1800~1899)の筆によるものです。

正面社殿の北側に立つ「北隅楼」。平安神宮の蒼龍楼・白虎楼などと同じく風水に基づいて建立されたものです。

こちらは「南隅楼」。立派ですね~!!

拝殿右側には「筆立山稲荷神社」が鎮座します。

拝殿右側から回廊に続いています。珍しいなぁ。

近くにあった由緒書き

拝殿の隣には平清盛の四男である平知盛(1152~1185)の墓があります。

戦後に境内地に移されたそうです。安らかに眠っておられます。

拝殿の裏側に回り本殿を覗いてみました。

その他、2008年に奉納された小さい鳥居もあります。かわゆい^^
御朱印

御祭神
応神天皇
神功皇后
市寸島比売命
多紀理比売命
多紀津比売命
所在地
福岡県北九州市門司区旧門司1丁目7-18
